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(18.10.17 復活整備 / 20.5.25 調整)


まずは、タイトルどおり『紙と鉛筆』です。なんで[計算器]なのに、と思われるかもしれませんが・・・、
別に[紙と鉛筆]でなくても、[クレヨンに落書き帳]でも、[チョークに黒板]、[蝋石(ローセキ※と読みます。....知ってます?)に道路のコンクリート]と、つまり、[筆記具と書かれる物]であれば何でもいいわけです。
[筆算のための道具すべて....]。すこしこじつけのようですが、『計算器』の原点だと考えます。
(※ 蝋(ろう)のような光沢や感触をもつ鉱物で、滑石・凍石の類。石筆・彫刻・印刷などに使う。−岩波国語辞典)


次ぎは、『算盤(ソロバン)』です。
これでも、確かソロバン(珠算検定)の日商3級を持っています。(はずです。−証明がすぐ出せないので何ともいえないです。)
ただ、今では、「何?、それ?」に近いような資格で、ほとんどあっても何にも使えない資格になってしまいました。(余談ですが、あるコンピュータ会社では、『情報処理技術者』というのが、もうこれに近い状態でした。)
計算器史ですから、資格云々については別のページに回すとして、確か、今までに4本(『算盤』の数え方には、一個、一面、一挺、一丁などがありますが、このページでは[本]に統一します。)の『算盤』を使ったように記憶しています。
家には5つ珠(境目から下の方の珠の数です。)で時代劇の両替商が使ったようなものもあって、母親(故人)が使っていましたが、私が実際に使ったのは4つ珠のもののみで、5つ珠の使い方は、2本の『算盤』の上に乗ってローラースケート(さしずめ、現在だとスケートボード)代わりにするぐらいしか分かりません。
最初の2本が27桁(−[桁]というのは、串刺しの団子のように珠が付いている算盤のこの[串]の数です。)のヤツで、あとの2本が23桁のヤツでした。この4本の串、いや、4桁の違いというのは、計算上はほとんど関係なく、23桁の方がコンパクトで狭い机の上でも使い易いとか、27桁の方が「御破算※」の時に『算盤』を持ち上げ易いという程度のものでしたが、個人的には27桁の方が好きでした。(今から思うと、回りがみんな23桁ばかりで、人が持っていないものを使っていたという変な優越感だけだったのかもしれません。−本当の事を言いますと、こちらの方が古くてボロだったんです。)
このうちの、最後の1本は、経理事務をしていた時、帳簿は[オフコン]を使い、その機械の前で使っていました。【】を入力しない分、ちょっとした集計には『電卓』より速かったのです。
(※ そろばんで、盤面を払って零にもどすこと。−岩波国語辞典)


『算盤』よりマイナーなのが『計算尺』です。
多分、今の小学生あたりは『計算尺』という言葉も知らないと思います。(事実、うちの息子がそうでした。)
勿論、計算の目的が違い、現在では複雑な計算は『PC』の方が速いので仕方ないのですが、たしか、我々の頃は中学あたりで、少しだけ数学の授業にあった様な気がします。ただ、学校の方もあまり教える気がなかったのか、「家にある生徒だけ授業の時間に持ってきなさい・・・」という程度の扱いでした。
この『計算尺』。3本、いや、2本と【一枚】使いました。(−【一枚】については後程出てきます。)
小学校の時、家に叔父が大学時代使っていた『計算尺』がありました。
カーソル(−ガラスに線の引かれた部分−『PC』のポインタと同じようなもの。)のガラスにひびが入った15cmぐらいのものでしたが、なんでこんな物差しみたいなもので計算が出来るのか不思議でたまりませんでした。
その頃、すでに数年通っていたそろばん塾も算盤を習いに行くより遊びに行く要素の方が多くなってしまい、進級もストップしてしまっていました。
そんな時、別の計算をする道具を知った事により少々マンネリ化していた『算盤』というものを自分から遠ざけるチャンスの様な気がして、(実際には、加減算ができないので代わりにならないのですが・・・)ついには、学校で使うからと、親に30cmぐらいのヤツを買ってもらい、通信教育の『計算尺講座』まで受講するようになり、日光への家族旅行の際も計算尺を持って行くほどになりました。(息子が、旅行にゲームボーイを持って行くような感覚といった方がわかりやすいでしょうか?)
冒頭に書いた【一枚】というのは、この『計算尺講座』の教材に付いてきた紙で出来たもので、上の30cmのヤツを買ってもらった後だったため、教科書と照らし合わせる時ぐらいにしか使いませんでした。
希望どおり(?)そろばん塾も止めることが出来、学校へもでっかい30cmのヤツを持って行ったりして、多少、自慢気味だったのですが、扱いは上に書いたとおりの程度で、かなりがっかりして、そのうちには『計算尺講座』の方も内容がチンプンカンプンになってしまい、(高校程度の内容ですから当然といえば当然。)いつしか『計算尺』も本来(?)の30cm線引きにしか使わなくなってしまったのです。
加えて今思うと、どうやら中学から高校2年にかけての[数学嫌い]はこの事に一因があったようにも思います。



ここらから、聞きなれないものが出てきます。
中学3年の時の担任から、「数学を何とかすれば、進学校のN高校へ入れるのだがどうする・・?」と、家業を継ぐつもりで実業高校への進学だけしか眼中になかった自分にはまったく考えてもいなかったことを言われ、少しだけ悩んだのですが、結局、[数学嫌い]は直らず、当初の予定通りM高校の商業科へ進学しました。
実業高校というのは、今はどうか知りませんが、結構面白い授業があって、そのうちの一つに『事務機械』なる科目がありました。
これは、本当に『事務機械』を使ってその操作を学習するものなのですが、確か『加算器』と『カナタイプ』を2週間交代ぐらいに扱っていたものだったと思います。
このうちの『加算器』は、金庫のないレジスターの様なもので、マイクロチップなどない頃ですから、演算はギアのかみ合わせ(一の位のギアが10進むと、十の位のギアが1上がる構造)で、このギアを回転させるモーターのために電源を必要としていた機械だったと思います。
計算結果はレシートに印字され、出てきます。教科書は大抵データが古く、出ている写真などは手動式のものでしたが、さすがに現物は無く、むしろ、時代の流れか、1台か2台、下記の『加算電子式卓上計算器』も混じっていました。
『加算電子式卓上計算器』の方は、レシートが出なくて、計算の課程が分からず使いにくいため、生徒にはあまり人気はありませんでした。

一方の『カナタイプ』。
純然たる計算をする機械ではないので、[番外]としましたが、むしろ、現在の『PC』に影響を与えているとしたら、こちらの方が大きいと思います。
歳がバレるのであまり大きな声で言いたくないのですが、このホームページなどの『PC』への入力は、(機械の設定により多少の違いはありますが、)[カナ変換]で行っています。
[ローマ字変換]ででも出来ますが、日本語の入力には[カナ変換]の方のが慣れれば早いです。
その『カナタイプ』。授業では今の『PC』のキィボードの練習と同じように真ん中の【(G)・(H)・(J)・(K)】のあたりに指を置き、いわゆる[ブラインドタッチ]を練習するのです。機械は違えども、今とほとんど変わり無いように思います。(キィ配列などは、『PC』が『タイプライター』を模していますので、まったく同じです。)

番外ついでに、『カナタイプ』に続けて、『英文タイプ』のこともここで紹介しておきます。
『カナタイプ』の項で、[ローマ字変換]も出来ますと書きましたが、それは、『カナタイプ』と同じ頃、『英文タイプ』もいたずらしたためです。
こちらの方は、学校の授業にあったわけではなくて、当時、アマチュア無線の交信証(QSLカード)を手作業で発行するため、質屋から『英文タイプ』を買ってきました。
当時の質屋というのは、なんとなくイメージが暗く、品物を買いに行っているのに周りを気にしながら暖簾をくぐるような有り様でしたが、事務器の中古など扱っているのはここしかないため、仕方なしに買いに行ったように記憶しています。
もともと、中古でよしとしたのは、資金のこともありますが、あまりまじめに使う気がなかったからなのかもしれません。
確か、3年ぐらい使ってうまく印字が出来なくなってしまい、[燃えないゴミ]として出したと思います。



つづいての『加算電子式卓上計算器』は、そういう名で読んでいたのではなくて、上の『加算器』、また、下のいわゆる『電卓』と区別するため、勝手に命名したものです。
初期の『電卓』といっていいくらい(多分、この頃『電卓』という呼び名はなかったと記憶しています。)ほとんど『電卓』とおなじなのですが、足し算と引き算で【】のキィが別々になっており(逆に【×÷】は同じキィ)、操作そのものは『加算器』と同じでした。
(足し算、掛け算のときは【+=】を押し、引き算、割り算の時は【−=】を押す。※)
上記の学校でのものの他に2台(−学校で使ったものなど、大きさが今の『ワープロ』ぐらいあり、それだけで机の上を占領してしまうほどのものでしたので、数え方は[台]が正解だと思います。)使っています。
まず、1台目のヤツは、何と5つ珠の『算盤』を使っていた、かの母親がいよいよ『算盤』では追いつかなくなったのか、自らが購入すると言い出したものでした。(ちなみに、『ワープロ』を購入したのもこの母親です。−結構、新しもの好きと言うか、好奇心が旺盛なばぁ様だったのですが残念ながら故人となってしまいました。)
広告を頼りに事務機屋に電話して購入しましたが、値段の方は覚えていません。
事務機屋のほうも、恭しく品物を配達して、家族を集めわざわざ取り扱いの説明までをしていった位のものですから、安くはなかっと思います。
表示がみどり色の放電管(学校のは今から思うと、オレンジ色の表示だった様な気がしますが、あまり自信がありません。)を使っていたもので、8ケタ分あるすべての管が計算に関係なく必ず点灯したいたもののため、AC専用となっていました。
私が使ったのは、購入してから数年たってからで、調子が悪くなって普通の『電卓』を母親が使い出してから、中身がどのようになっているか分解したのが、最初で最後でした。哀れにも分解した状態で[燃えないゴミ]というより[産業廃棄物]になってしまいました。
確か、学校のものも含めてSHARP(この頃の社名は『早川電機』だったかも・・・?)の[ELSI COMPET(エルシー コンペット)]というネーミングだったと思います。
この計算器については、あるサイトの記事で[SHARP]の[ELSI−160]ではないかと思いますが、少々自信がありません。(その辺のところは、blogに書いておきました。)
別の1台は、単に【+=】と【−=】が付いて操作が『加算器』に近いためここに書いていますが、どちらかというと『電卓』のバリエーションの一つみたいなものです。
表示は液晶で、当然、必要のない個所は点灯していません。中身は本当に『電卓』そのもので、液晶になっため消費電力が減っためか、ACアダプタで電源を供給するようになっていました。(もちろん、電池も使用可。)
ただ、変っているのはレジスターなんかの普通サイズのレシートが付けられ、計算課程の記録が出来るものでした。(計算器全体の大きさは、今で言うと、JRの車掌が車内精算の際に使用する[発券器]ぐらいのもので、レシートが出て来るところなどはそっくりです。)
なっていました。と、過去形なのは、あるところで使っていたのですが、そこに置いてきてしまったためです。おそらくは、もうないと思います。
こちらの方は、SHARPの[ELSI MATE(エルシー メイト)]というネーミングだったと思います。(SHARPさん、間違っていたらご指摘ください。)
(※割り算の方法:被除数(置数)【×÷】除数【−=】)


いよいよ、『電子式卓上計算器』いわゆる『電卓』の登場です。
で、この項を書くにあたり、実際自分が最初に使った『電卓』はいったいどれだったかと言う事と、今までにいったい何台の『電卓』を使用したか考えてみました。
使った総数については、もらったものや記憶から消えているものもありますので、ほとんど絶望的ですが、最初に使ったものはSHARPの手帳型のもの(ボタン電池仕様)だったと思います。
この後、SHARPの手帳型のもので、太陽電池仕様のものを多分2台ぐらい、他にも、CITIZENやCanonのものも使っていますが、圧倒的にSHARPのものが多いいようです。
これは、別段、SHARPさんに義理があるわけではなくて、『計算器』の計算課程に少しだけ理由があったのです。
たとえば、「ある金額の5%増しはいくらか?」(簡単に言うと、現在は[税込み表示]が原則になっている[消費税]がこの計算の筆頭でした。)という計算をする際、専用のボタンの付いている機種は別として、その計算方法には、おおむね2種類あるのです。
SHARPの機種等は、【金額】【】【】【】と打ち込むことにより即座に答えが出るため、この手の計算が非常に楽なのです。
私の本業が当時、常に[割増引]の計算が必要だった(現在は『PC』でないと計算が出来ませんが・・)ため、購入の際は必然的にSHARPのものに目が向いていたようです。
このような中で、ほとんど冗談で作ったとしか思えないのが、『ソロバン付きの電卓』でした。
(左が現物です。型番はSHARP ELSIMATE EL-428。PCを調整しているときに出てきました。)
確かに両方あれば便利で、それぞれの得意分野でうまく使えば使えたのかもしれませんが、もともとが性格の異なるもののため、店にも売れ残っていたように思います。(この売れ残りを買ったのです。)
『電卓』をクリアーする時、思わず指で本体を持ち上げ、(『算盤』の項に出てきた[御破算]の行為です。)慌てて、【】のボタンに指を持っていったなんていう、笑い話みたいな話もありました。

またまた、番外の『和文タイプ』ですが、こちらの方も純然たる計算のための機械ではないので、[番外]としましたが、現在の『ワープロ』の元になったものだと考えます。
上記の高校には[タイプ部]があって、印刷屋のような『和文タイプライタ』がかなりの数ありました。
この『タイプライタ』は、活字が箱に入っており、打ち手は上から実際の活字面を見ながら拾って行くですが、はんこの様に鏡字(左右のひっくり返った文字)になっていて、かつ、上下がさかさまになってあるため、ちょっとしたコツが必要でした。
この本格的なヤツは、かのタイプ部で同じクラスの女子を冷やかしに行ったとき、ふざけて使ったくらいしかありませんでしたが、自分自身で日本タイプライター社製のもの(こちらは、カーソルの下に文字表があるもの)を購入して、印刷屋の名簿の下請けなどを少しだけやっていました。
こちらの方は、警察の免許窓口(とグリコ森永事件の犯人)などでも使用していたもので、そのため、特殊な漢字の在庫が多く、名簿などにはピッタリでしたが、なぜか活字の字体のほとんどがいわゆる略字体、それも、[丸ゴジック体]が多かった(免許証の活字が[丸ゴジック体]を採用していたためです。)ため、なんとなく違和感がありました。
計算器の話題から少しだけ外れますが、[丸ゴジック体]は[明朝体]等に比べ、(ペンの)手書き文字に近く、それだけで簡略体の様なものです。
以前、国語審議会の答申で、常用漢字表(人名用漢字の一部も含む)にある漢字以外でも一部は略字体を使用してもよいという事になったのですが、これまでは、「上記表に無い漢字(の字体)は康煕字典※にある字体を使うように」、ということなっていました。
ただ、どうも常用漢字が当用漢字などにくらべて絶対的な強制力のある物ではなく、「なるべくこれに沿ってちょ〜うだい・・・」程度の物でしたので、新聞などでも略字体が幅を利かせている物も多く見られました。
例えば、のどれも、渡辺さんの[なべ]の字ですが、ご覧のように、Windowsの[MSゴシック体]では、旧字体(右側の2つ)には点が2つ付いています。(この3文字の表示は、テキストのフォントではありませんのでそのまま表示されると思います。)
これは、決して右側の2つにゴミが付いたわけではなく、上記の規定に沿ったものなのです。(ただ、PC上の漢字の表記はJISに沿っていますので、この場合は、たまたまそうだったともいえなくもないですが・・・)
これが、上に出てきた『タイプライタ』では、そのほとんどが、点のない方を採用しており、時々、どこかの警察(正確には、○○交通安全協会?)が特注で作らせたのか、同じ字で点があるものとないものが混在していたりという非常にあいまいな形になっていました。
(※ 中国の字書。大学士張玉書・陳廷敬らが勅命により撰。康煕五五(1716)年刊。[字彙][正字通]に基づいて増補した画(カク)引き字書。所収四万七千余字。最も権威ある字書とされた。−岩波広辞苑・・一部文字置き換え。)



いよいよ、『ワープロ』こと、『ワードプロセッサ』ですが、実のところ、私自身は上の母親が購入したもの以外、自分で購入もしていないのです。
『ワープロ』が一般化する頃には、既に『PC』で徳島の方の三太郎さんを使っていましたし、あえて『ワープロ』を買う必要もなかったからですが、『PC』を買っていなければ、多分へたくそな字を見せたくないので『和文タイプ』の後継で買っていたと思います。

純然たる『ワープロ』は購入していないのですが、『ラベルワープロ』はCASIOの[ネームランド]を2台(1台は新品。あと1台は中古。)買って、中古の方はまだ手元にあります。
『ラベルワープロ』(CASIOの造語?)を『ワープロ』の中に入れるのは、本格的な『ワープロ』に対し失礼かもしれませんが、本来の『ワープロ』が製造されなくなり、この『ラベル印刷に特化したワープロ』が『ワープロ』の代表格になっているのは何か皮肉な現象です。


この『ポケコン』は本来ならば『PC』編に書いてもいいと思うのですが、関数電卓の進化系ということで、こちらで取り上げます。
SHARPの[クリーンPC(ROMが書き替え可能なためこう呼ばれていました。今でいう抗菌PCなどではありません。)MZ−80]。当時としては結構魅力のある機械でした。(実際に購入はしていませせんので未だに何となくそう思う、程度のものでしかありませんが・・・・)
出来ることならば欲しかったのですが、当時として、何に使えるか判らない機器に大金を出す勇気がなく購入までは至りませんでした。
家の中に飾っておくものは手に入れられませんでしたが、当時の仕事で段々と電卓だけでは追いつかなくなり、たまたま会社の友人が少し(古い)横に長いポケコンを使っていたところからSHARPの[PC−1245]を買いました。
SHARPの『ポケコン』としては二世代目にあたり、最初の機器より、多少シェイプアップされ、確か関数などがいくらか少なくなったような機械でした。
本体の大きさもその前のに比べ、小さくなっていたような覚えがあります。
別売りのプリンター(サーマルで専用紙のロールが小さく、ちょっとしたリストを打出してもすぐに終わってしまう。)なども買い、アウトドアでも使えたところから持ち歩いていましたが、出来合いのソフトがなく、カセットテープか何かでプログラムをその都度ロードしていました。
さもない計算ソフトを出すだけでもかなり時間かかり、結局は『電卓』の方が早く、最後の頃はお客の前で[バイオリズム]を出し、興味を持たせる道具としてのみ使っていました。
家の中を捜せばどこからか出て来るかも知れませんが、今のところは本体も付属品も見当たりません。


筆算の道具から始まったこの項もそろそろ「真打登場!!」といったところでしょうか?
『電子手帳』、『PDA』と呼ばれるものは、NECの[PI−ET1]。SHARPの液晶ペンコム、[PI−3000]の2機を使っていました。
NECの方はソフトが既成である。という『ポケコン』の弱点(?)を補うことから、即業務に使えるため、途中液晶画面の(ガラス)カバーを4−5回取替えながら結構長い期間使用しました。(当時の仕事柄、動産総合保険で修理が出来たためで、さすがに次年度は保険の引き受けが条件付きとなりました。)
『PC』ともリンクが出来たところから、顧客データも入れ仕事のときに常時使っていましたが、何回目かのガラス破損の際、次の液晶ペンコムに移りました。
次のSHARPの液晶ペンコム、[PI−3000]は、上記の理由により、NECの代わりに購入したもので、専用のモデムで、メール(パソコン通信)、FAXの送信(受信は出来ない。)にも使用範囲が広がり、上記の顧客管理と共にかなりの頻度で使っていました。
この機の引退理由は、業務の方がノートPCでなければ対応できなくなったためで、機械がダメになったからではありませんでした。
たしかこの機は、『電子手帳』に興味を持ち出した我が家の同居人に渡したのですが、この同居人。どういうわけか自分の物でない時は興味を示すのですが、自分の物となるとピタッと興味が薄れてしまう習性を持っており、殆ど使わないまま、勿体ない為、再び手元に戻したように思います。

『電子手帳』はその役目を小さなノートPCに譲り、ワープロと同じ運命かと思っていましたが、どっこいSHARPのZAURUSは生き残っていたようです。
ところが、通称「アドエス」(本当はこの呼び方があまり好きでないため、blogなどでは[WS011SH]とあえて型番で呼んでいます。)と呼ばれるWindows Mobileを搭載した端末が出て、どうも止めを刺されたように思います。
この[WS011SH]はWindows機ということで、PC編で取り上げるつもりでいます。(現在、試用中のためblogでも取り上げています。)


タイトルの機種は、NTT DoCoMo D210i。
家族が使用していたものです。

ここまで来るともう計算機とは言えないかも知れませんが、「演算チップの内蔵している(?)」ということで強引に『携帯電話』です。
私の携帯歴は、アナログのムーバDUからで、ポケットベル(後のクイックキャスト)で追いつかなくなったため導入をしたものです。
当時、月々の使用料も安くなったころでしたが、機器代は高く、月賦で購入しました。

 
NTT DoCoMo ムーバDU
携帯が mova になり、ソレまでの弁当箱のような機体よりかなり小さくなりました。
初代ムーバDの後継の機種で、同じ月にデジタル・ムーバDが出ています。
当時、コレを選んだのは、機体の大きさが一番小さいためで、ポケットベルの代わりと言うコンセプトからでした。
アンテナのオレンジの2本ライン(アナログのしるし。)が特徴でした。
しばらくは、アナログデジタルが併売されたため、ムーバDUHYPERというデジタルの機種もありました。


NTT DoCoMo D101 HYPER
最初の携帯を落下させ、バッテリの爪が折れ脱落するようになってしまったため、月賦は残っていましたが、コレを払いながら、次の機種が出たことにより安売りになった DUHYPERの次のこの機を急遽代替機として手配しました。
同じ[D]で、機体の大きさも殆ど同じため都合が良かったのです。
このころ、アナログの機種は既に発売が終了しており、デジタルのみでした。
この機種以降はすべて売れ残りの安売り機種を使っています。
写真は後に記念として購入したモックです。

NTT DoCoMo D203 HYPER
ここらあたりから「携帯を代える。」というのは、たいていの場合電池が寿命となり、新品の電池の価格よりも機種変更した方が安いためで、その殆どが[D](三菱製)でした。
3代目の携帯は、D201 HYPERの後継機、D203 HYPERでした。
この写真もモックですが、実際に使用したのはグレーの方です。

NTT DoCoMo D501i HYPER
[D](三菱製)で最初にi-modeに対応した機種で、この頃の主な利用はメールでした。
まだカメラは付いていませんでした。

NTT DoCoMo N506iS
現在の Willcom WS011SH にする前の DoCoMo 最後の携帯で、ソレまで三菱(D)で通してきて、初めてNEC(N)となった機でした。
家族で4台使っている中で私のだけ唯一 mova だったため、この機にするときは FOMA にするつもりだったのですが、使用頻度から mova になってしまったものです。
結果、私自身はついに FOMA を持つことはありませんでした。
同じ会社のものであっても、機種により扱い方が多少異なりますが、会社が違ってしまうと、殆ど前の使い勝手ではなくなり、最後まで慣れませんでした。
もともとNECはメニューが深く、なんとなく回りくどい様な感覚があります。
液晶はキレイだったのですが、カメラの性能は前のDの方が良く、また、フラットパネルスピーカーは、電話の時、あまり聞きやすくはありませんでした。




わが計算器史