
祭神:建速須佐之男命、奇稻田姫命、大己貴命、天照皇大御神、金山彦命、金山姫命、石凝留命、猿田彦命
由緒:
社名の[小梳]は、和名では[櫛梳(けず)る]だが、本来はアイヌ語の[オグシリ]が語源と考えられている。
静岡市史によれば、旧鎮座地が水の中に浮かぶ島(中州)にあり、それを先住民は[オグシリ]と呼んだとある。
この起源は、はるか昔の先史時代に遡り、正確な由来は不明とのこと。
その後、大宝令により社前に横田駅(現在の静鉄新静岡駅の辺り)が設けられ、同社は駅の守護神として信仰を集めるようになった。
以後、713年の『日本総国風土記』、937年の『延喜格式』にその名が載り始め、『少将井神社』、『少将の宮』と呼ばれるようになったのもこの頃。
ちなみに、[少将]とは、[奇稻田姫命]のことであるとか、下の[霊水、少将の井]のことであるとか諸説ある。
後に、神社の近くに今川義元の人質として住んでいた幼少期の徳川家康は、武運長久や健康祈願をするなど厚い崇敬を寄せ、天下を統一後、駿府城にとどまるにあたり、徳川家の守り神である大己貴命と天照皇大神を同社に合祀し、元からの祭神である建速須佐之男命と奇稻田姫命と共に祀るようになった。
その後も、延宝年間には現在の地に社殿を建て替えるなど徳川家とのつながりは深いものだった。
(左写真:東側社務所横の脇鳥居。)
(中写真:拝殿屋根下。)
(右写真:霊水、少将の井)
昭和50年代の後半。月に1度はこの前の通り(呉服町通り)を歩いていた。
いつも時間に追われていた為か、神社の存在すら意識の中に無かった。
(まじめに武運長久を祈願していれば、今もその時の仕事に就いていたかも知れない。)
仕事が夜まで延びたときは、近くで酒宴の一次会をやったのだが、今行ってみても、どこで飲んだのかは定かでない。
境内社
稲荷神社
祭神:豊受比売神
境内社
宗像神社
祭神:多紀理姫命、市寸島姫命、多岐都姫命